帰国生インタビュー 大島賢三さん
自分に一番適している職業や分野は何かと考えたときに、このようにAFSで経験したことを外交の世界で生かせればと思いました。10代の多感な時期は吸収するものも多く、自分自身への影響力も大きかったですね。
自分に一番適している職業や分野は何かと考えたときに、このようにAFSで経験したことを外交の世界で生かせればと思いました。10代の多感な時期は吸収するものも多く、自分自身への影響力も大きかったですね。
欧米などでは自己主張をして自分を押し出す力が強いですが、周りにあわせていく力は弱いので、両方併せるとちょうどいいですよね。この力は日本の中で身に着けるのはなかなか難しいですが、海外で国際的に交流していく中では自然と身に付けられると思います。
私の人生のターニングポイントを5、6つ話すのですが、いつも1つ目のポイントとしてAFSのことを話します。すると、学生や先生方が「私もAFSで留学しました」と声をかけてくださることがあり、繋がっているなと実感します。
アメリカと日本、その間には文化、言語、自然、教育、国民性など異なるものが数え切れないほどあります。そのような違いというものを友人やホストファミリーとともに生活することで自分の目で見て、体験し、学ぶことができました。
日本にいるとあまりわからないかもしれませんが、例えば私が一番長く勤務したロンドンでは、その会社で働いている人の国籍が70カ国にものぼりました。本当に色々なバックグラウンドの人がいる中で、普通に働いてこられたのは、AFSでの経験が大きいと思います。
AFS体験が、これまでの私の人生の選択をつくってきました。AFSでは「Lifetime Experience」といいますが、本当に生涯を通じて影響を与えてきた1年だったと思います。
AFSは世界中の人を集めてきて、そこで交流させるというところが、いわゆるバイラテラルな(2国間の)留学組織と一番大きく違うところかもしれません。
AFSの理念のひとつとして生涯体験という話がありますね。私は50歳を過ぎていますが、今に至るまで留学時代の経験を振り返ったり、そのときに感じたこと、そのときにはわからなかったことを思い返したりすることがあります。
やはりAFSで留学して人生が変わったと思いますし、留学していなければ今のような仕事には就いていないと思います。 今は途上国の方に良い状況を提供するという国際協力の仕事をしていていますが、AFSの延長のようなところもあります。