太貴さんのドイツ留学体験談Q&A

  • 【派遣国/都市】
  •  ドイツ/バーデンヴュルテンブルク州・ガッゲナウ
  • 【言語】
  • ドイツ語
  • 【ホストファミリー構成】
  • 父、母、弟が2人,妹が1人
  • 【現地の学校】
  • ガッゲナウにあるギムナシウム

Q1:なんで留学しようと思った?

 留学に行った先輩や、留学へ行こうと考えている友達の熱い話を聞いているうちに、是非自分も留学してみたいと思う様になりました。なんでも親に頼りがちな自分を変えたいという思いもありました。
また、歴史的にも日本と繫がりのある国であること、また、自分は工業系の学校へ通っていたので技術力の高い国であることにも興味があり、それらも留学を決める要因となりました。

Q2:ドイツ語はどうやって習得した?

 日本にいるうちから文法の勉強はしていました。しかし、実際に留学をしてみると、全然会話を出来ず苦労しました。もっと、単語や会話に力を入れて勉強をすれば良かった、と後になって思いました。
 ドイツでは、ファミリーの勧めで外国人を対象にしたドイツ語学校へ通わせてもらいました。3ヶ月経つ頃には、少しコミュニケーションがとれる様になりました。

Q3:留学中に驚いたことは?

 ドイツで生活をしていて驚いたのは、アウトバーン(高速道路)に制限速度がないこと。時速160kmは当たり前で、時には時速200kmを越す速度で走っていることもあります。
でもそれは、道路や車がその速度で走る事に対応した技術で作られていること、ドイツは平地が多いので道が真っ直なことなど、その速度で走っても安全だという裏づけがあるからです。日本だったら、例え平地が多くてもより安全な基準速度を設けそうなものですが、ドイツでは安全と分かっているなら走っても問題ないだろうという考え方をしていて、想像していた通り、合理的な考え方をする国だと思いました。
 最近では安全面ではなく、環境面で問題が生じるという事で、制限速度を設けようという動きもあるようです。

Q4:ドイツでの生活は?

 留学したての頃は、日本人の自分に対して、なんだかよそよそしく対応されている様に感じました。人との間の距離がなかなか縮まらず、焦りも感じました。
また、留学前からイメージしていたドイツ人像と重なった事もあり、「ドイツ人は冷たい」と自分の中で勝手に思い込んでしまっていました。
 しかし、2ヶ月、3ヶ月と日が経つにつれて、その壁は取り除かれていかれるように感じました。ドイツ人は仲間意識が強く、仲間だと認識されたら、そこからは本当に仲良くしてくれました。
  自分の中で、ドイツの人を見る目が一変したのは、留学終盤の4月の事でした。4月の中旬、自分は腸閉塞を起こし、病院に入院する事になってしまいました。 4月23日は自分の誕生日で、せっかくの誕生日を病院で過ごす事が決定的になってしまい、「せっかく留学にきたのに誕生日を病院で過ごす事になるなんて…」と気分は沈んでいました。
 誕生日の朝。朝8時頃、看護婦さんが腕いっぱいの封筒を持って病室に入ってきました。始めは事情を把握できませんでしたが、中を見て事情を理解し、目頭が熱くなりました。
留学に来て、誕生日を病院で過ごさないといけなくなった不幸な自分を、不憫に思ったドイツのAFSスタッフの方が、ドイツ中のAFS支部に「不幸な日本人にバースデーカードを送ろう」と声を掛けてくれたのです。あの時届いた、両手に抱えきれないほどの量の手紙は、今も自分にとって宝物です。
ドイツと日本。文化の違いは大きいかもしれないけれど、それぞれの人に注目してみれば、温かく人情に満ちた人がたくさんいるのだと知りました。今やドイツは、自分にとって第2の母国であり、今でもファミリーとは月1度ほどメールのやり取りをしています。そんなドイツでの1年は、やはり自分にとってとても大きな1年だったと思います。


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