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田中志穂さん (AFS40期生 1993年~1994年)
難民支援協会

ICU卒業後、サントリー(株)に入社。5年間の勤務を経て、ワシントンD.C.の大学院で国際移民について研究。
2010年から難民支援協会の広報部チームリーダーとして広報・ファンドレイジングを担当する傍ら、東日本大震災後は被災地の外国籍住民への就労支援事業も担当している。
難民支援協会

—まず、現在の活動について教えてください。

難民支援協会は、日本に逃れてきた難民を支援している団体です。難民の方への「直接支援」、難民受け入れ制度の課題を解決するための「政策提言」、「広報活動」の3つが活動の柱で、私自身は広報部で、外向けの発信と、活動のための資金を調達するファンドレイジングを担当しています。
難民という言葉自体はみなさん馴染みがあると思うのですが、日本にもいる、ということはまだまだ知られていないのが現状ですね。

—どのような経緯で今の仕事をするようになったのですか。

大学卒業後はメーカーに就職し、最初は花事業部で全国の農家さんと花苗づくりを行い、その後はお酒の販売企画に携わりました。5年間に生産の現場と販売の両方を経験し、ものづくりの色々な部分を勉強させてもらいました。
ある程度働いたら大学院に戻りたいという気持ちがあったので、1年間アメリカの大学院に通って、社会学の移住研究・国際移動の分野について勉強しました。その後、日本をフィールドに外国籍の方に関わる仕事ができないかと探していたところ、難民支援協会が職員を募集しているのを知って応募しました。企業経験もありつつ、学問もかじっていたという中途半端な経歴でしたが、一般の人々に現状や活動内容を伝えていく広報という仕事がちょうどいいポジションだったのかもしれません。また、東日本大震災後は被災地の外国籍住民の就労支援にも関わらせてもらっていますが、この仕事には大学院で在日フィリピン女性の研究をしていたことが活きていると思います。
こうしてみると、何かをしたい!という強い想いがあって活動してきたというよりも、色々なことに点々と関心を持ってきたことが、少しずつ結びついているという感じですね。

留学したきっかけ(動画)

—留学しようと思ったきっかけについて教えてください。

私は東京で生まれて千葉で育ったのですが、常に海外や、自分と違うものに対する興味を抱いていました。最初は、高校3年間海外に行こうと思ったのですが、3年間丸々はちょっと…と親に引き止められて、1年間の交換留学であるAFSに応募しました。
応募のとき、第1希望はスペインを選びました。世界中にスペイン語話者がいるので面白そうだと思ったんですね。英語圏もひとつぐらいは入れておいたら、と周りからアドバイスがあったので、第2希望をアメリカにしたら、たまたまアメリカに決まりました。第3希望以下も書きましたが、AFSは選択肢がたくさんあって、どこにしようかなとわくわくしながら行き先を選んだ覚えがあります。

AFS留学の1年(動画)

—留学は、どんな1年でしたか?

私は、アメリカに行きさえすれば、日常の閉塞感が打開されるのではないかと期待を膨らませて行ったのですが、配属された先はオハイオ州のサンダスキー。典型的な「田舎のアメリカ」で、学校にはアフリカ系の人が3割ぐらい、白人系の人が7割ぐらい、アジア系は中国系移民の2人と日本人の私だけでした。
留学して間もないある日のこと、ゴスペルクワイア(聖歌隊)のコンサートにとても感動した私は、この人たちと歌いたい!私も参加したい!とホストマザーに相談しました。すると、反対はされなかったものの、言葉を失ったという感じで、とても驚かれました。いざ練習にいってみても「この子、どうしてここにいるんだろう?」という目で見られて、結局3回ぐらいで辞めてしまいました。
当時の私は本当にナイーブで、現実を知らなすぎたのだと思いますが、アメリカ社会が内包する差別や摩擦―人がわかりあえない現実であったり、対立してしまう色々なバックグラウンドの違いを受け止めることができず、思い描いていたような留学生活を送ることができませんでした。

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—「期待していた留学」ではなかったと。

そうですね…他の留学生は彼氏ができたりしてすごく楽しそうでしたが、自分はそうじゃなかったな、とモヤモヤした思いを抱えたまま帰国しました。
でも、そういうほろ苦い経験が、あれは何だったのか、自分はどうしたかったのか、と1年を振り返るきっかけになりました。それがなければ、私が見た現実をもうちょっと勉強してみようという気にならなかったと思うので、高校時代にこのような経験できたことは本当に良かったと思います。
その後大学院で再びアメリカを訪れたときには、またアメリカの違う面を見ることができて、探究するには面白い国だなという見方ができるようになりましたね。

留学と今の仕事がどう繋がっているか(動画)

—留学と今の活動はどう繋がっていると思いますか。

どうして難民支援をやっているのか、と聞かれることがあるのですが、根底には自分が留学で経験したこと―大変な思いもしたけど、多様な文化の中で得た価値は自分の心の中でとても大切なものになっている、そういう社会に日本がもっとなればいいな、という漠然とした思いがあります。
難民の方たちも全然知らない土地に逃れてきて、私が共感するにはほど遠い体験をされていますが、異国で生きるということの大変さは少しは想像ができますし、苦しんでいる人がいれば、そういう人たちの助けになりたいと思っています。私たちの団体を支援してくださる方も、留学経験があったり、海外に住んだことがあるという方がとても多いんですよ。

—日本の高校生にメッセージをお願いします。

10代は無知であるがゆえに新しい環境に飛び込めたり、あがいたりすることができる年代だと思います。私も留学前はネガティブな発想はなく、大学受験のことも全然考えていなかったですね。先のことを心配してあきらめてしまうのは本当にもったいないので、ぜひチャレンジしてみてください。


この記事のカテゴリー: インタビュー・座談会 アメリカ

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