再訪問であらためて感じた異文化理解の意義 T.S.(2001年帰国)
ラテンの気質が色濃く入っている一方で、時間はゆったり流れ、性格は穏やか。
おしゃべりで、いつも誰かと楽しくおおらかに話す彼ら。
私たち日本人が兼ね備えていない何とものんびりした性格は、右も左もわからない、辞書が恋人かのようにいつも肌身離さず緊張しながら生活していた私に、楽しむことを、緊張しないでリラックスしようということを、一年間を通して教えてくれました。
「南米のオアシス」、「南米の楽園」、「南米の心臓」など、いろいろな呼び名が付けられているパラグアイは、南アメリカ大陸の中心部に位置している小さな国で、ブラジル、ボリビア、アルゼンチンの3ヶ国に囲まれている内陸国です。
おそらく南米は、多くの人に馴染みのない謎に満ちた世界でしょう。自分自身も何が縁でこの南米のパラグアイに派遣されたのかはわかりません。
ただひとつ言えることは、パラグアイに留学できて本当に良かったということです。私は、留学から帰国して再びパラグアイに戻った時に、特にそう感じました。
私は3年ぶりにパラグアイの田舎町にある、自分のホームステー先に帰り、何ひとつ変わっていない町で、ファミリーだけはみんな面白いように横に大きくなっていたことにびっくりしました。
私は、久しぶりに会って緊張していたのに、みんなは3年間の空白がなかったかのように話しかけてくれました。いつも通りにテレレと言われるパラグアイ独自のお茶を飲んで、夜はアサードと言われるバーベキューをたらふく食べて、パラグアイに帰ってきたことを切に感じていた時です。
突然、みんながバースデーソングを歌って、私の誕生日を祝ってくれたのです。留学中に誕生日を過ごせなかった自分は、どうしてもパラグアイのファミリーと友達と一緒に過ごしたいと思っていたので、この何気ない優しさに自然と涙が出てきてしまいました。
何でこんなに優しいのだろう。
何でこんなに愛されているのだろう。
この時、異文化の相違を理解する必要性と意義を、やっと理解できた気がしました。
「わからないことばかりだから、人生は楽しいんだよ。わかっていたらつまらないよ」
パラグアイ留学中に知り合い、今は兵士として戦場に赴いている友人が言っていたこの言葉が印象的です。
もし、皆さんが真剣に異文化交流を考えるならば、先進国といわれる国々への留学だけを考えるのではなく、世界はもっと広いことを知ってほしいと思います。
もしかしたら、パラグアイがあなたの人生に大きな影響を与えてくれるとしたら・・・。
人と違うことをするのは難しいけれど、言葉にはできないくらいすごいことだと思うのです。
パラグアイ T.S(男、2000年帰国)
あなたの考えは、常識ですか? こう聞かれた場合多くの人は「常識です。」 と答えるでしょう。 または、「考えたこともない」と答えて自分自身
を疑うことがなかったはずです。しかし、もし、今まであなたを取り巻いていた環境や考えが常識ではなく、非常識であり、固執したものだと気が付いたら、どうですか?
きっと今まで見えなかった世界が見えるかも知れません。
さて、多くの人は「自分は、常識なのか非常識なのか。」と深く考える機会がなかったはずです。実際、私も留学するまで一度も考えたことがありませんでした。しかし、生活様式から人々の考え方まで日本とまったく異なるPARAGUAY が私に教えてくれたのです。
PARAGUAY=PY。PYという国は、南米大陸の中心にある小さな国で「南米の心臓」、「南米のオアシス」と色々な呼ばれかたをされます。ラテンの血が濃く流れる人情深い人達が多く、カラッと夏晴れした暑い天気がゆっくりと時間を刻み、笑い声がどこからともなく聞こえてくる、こんな感じの国です。
しかし、私にとって最初、この人情深さ、ゆっくりとした時間、笑い声の全てが不愉快以外のなにものでもありませんでした。人情深いというのは、裏を反せばおせっかいであり、人のプライバシーを侵害するものです。ゆっくりとした時間、これは、ただ単に時間にルーズなだけ。笑い声というのは、人をからかって皆で笑いものにする。私たち日本人には、考えられない習慣です。
私の場合、充分な情報もなければ、リターニーもいなかったため、PYでの常識が非常識に思えたのです。だから、前もって知っておくべきことも知らないまま留学してしまった私は、この習慣に慣れるまで何度もホストファミリーとケンカしてしまい、それでも、カタコトなスペイン語しか話せない私の言おうとしていることを、ホストファミリーは最後まで諦めずに聴いてくれました。私一人の問
題を家族の問題として、我が子のように真剣に考えてくれたのです。
このことがあって以来、私自身の中の常識が崩れ、そして、何かを学び得た気がしました。それが、何なのか言葉では表現できませんが、私の大きな糧(かて)となったのは、事実です。
PY で一番、はまった物と言えば・・・「テレレ」と「マテ」です。これは、日本でいうお茶みたいなもので彼らは、四六時中飲んでおります。そして「エンパナーダ」、「チーパ」、「ソーパ」、「マンディオカ」などという特有の料理を食べます。どれも美味で、日本では味わえないものばかりです。それともう一つ、彼らは大の甘党です。コーラの甘さと言ったら日本の3倍と言っても過言ではありません。きっと暑いから甘いものを取るのでしょう。私は、最後までこの甘さには慣れませんでした。だから、むこうで3kg痩せたのかな?
そして極めつけは、彼らも他の南米国同様、パーティーと踊るのが大好き!!
PY特有の踊りから流行の踊りまで多種多様です。ディスコもほぼ毎週末、満員。
初めて行った時、迷子になったのを今でも覚えてます。パーティーで一番盛大なのは、女の子の15歳の誕生パーティーとクリスマスパーティーの二つです。特にこの15の女の子のパーティーは、主役の女の子がまぶしいくらいきれいになるもんだから、私はひと目惚れしてしまいました。
最後に、PYと他の南米国とが一番異なる点は、グアラニ語です。これは、インディアンの言葉で日本でいうと古文みたいなものです。グアラニ語は、もう現地で学ぶ以外、方法はないと言えるでしょう。しかし、生活する上ではスペイン語だけでも何の問題もありません。ただ、これを覚えると、よりPYを楽しく過ごすことが可能となります。でもその前に、スペイン語がある程度できてないと意味がありません。
留学して何を経験するのか、なにを学ぶのか、それは人それぞれです。
また、この一年の出来事を言葉にして説明するのは、無理なことだと思います。
だから、この私の文章もPYというパズルの一つのピースでしかありません。他のピースは、2期生、3期生とこれから続くPYのリターニーによって持たされることを望みます。

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