2005年7月23日、アデレードに着いたとき、なんと広い国なのだろうと思った。
これが私のオーストラリアに対する第一印象だ。その印象は約1ヶ月の間まったく変わらなかったし、今も変わらない。
私のホストファミリーはPort Vincentという海に面した小さな町に住んでいた。
Port Vincentはとてもきれいな街で、人々もほとんどが顔見知りで、名前を知っているという感じだった。町を散歩していれば、Hello!と声をかけてくれる。東京の隣に住んでいる人の顔も知らないような地域で生まれ育った私には、その人々の温かさがとても嬉しく、また自分もそのような温かみを持った人間になりたいと思った。
学校では、会話を中心とした英語の練習、アボリジニーの“ドットペインティング”を実際に見たり、描いたり、小学生に日本の遊び、折り紙や、日本語の挨拶などを教える機会もあった。
そこで痛感したのが、私は日本について何一つきちんと説明できることができないということだった。折り紙も本を見なければ「つる」以外は折れない。
日本では…はどうなのと尋ねられても、英語ではもとより、日本語でもきちんと説明できない。17年間暮らしてきた日本のことをこれほどきちんと知ろうとしたのは今回が初めてだった。
この留学を経験するまでは、本当に今、留学するのが正しい選択なのか、不安なことが沢山あったが、経験した今は心からよかったといえる。
高校生で日本のことをきちんと知らない分、異なる文化も素直に受け入れることができたし、日本のこともオーストラリアのことももっと知ろうと思えるようになった。
そして、なにより、オーストラリアで得た、ホストファミリーという新たなファミリーは大切だ。
今回、私が経験できたさまざまなことは多くの方々のご好意や働きがあったからこそだと思う。
私も、昔の私のように留学を目指す人々の力に少しでもなることができたらよいと思う。
Y.M.
