2017年2月11日、会議通訳の第一人者、長井鞠子さんをゲストスピ―カーにお迎えし、「AFS友の会新春の集い」が開催されました。

1961-62年、テキサス州に留学した長井鞠子さんはAFS8期生。国際基督教大学在学中、東京オリンピックで通訳アルバイトをしたことが、その後50年以上続くキャリアの発端となりました。1967年、日本初の同時通訳エージェントとして創業間もないサイマル・インターナショナルに入り、数多くの国際会議、シンポジウムの他、各国要人、各界著名人の随行や記者会見通訳などを担当。現在は海外出張を含め年間200件以上の仕事を請け負うトップ通訳者であり、また、サイマル・インターナショナル顧問として後進の育成にも携わっていらっしゃいます。今春4月から使用される高校英語教科書(啓林館)には「Mariko Nagai, Super Interpreter」として紹介されています。

一時間半にわたるお話をAFS同期の関根靖光さんが次のようにレポートしてくださいました。


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長井さんはテキサス州、私はミズーリ州で留学生活を過ごし、初めて直接話す機会をもったのが、学生生活を終えた後のホワイトハウスを目指すバス旅行中でした。
そのときの話で思い出すのは、アメリカのパパから餞別にテンガロンハットをいただいた、と嬉しそうに語っていたことです。その印象が特に強かったのでしょう、私の頭に長井さんと言えば「テキサスのまり」というイメージが出来上がりました。それ以降、私にとっては「テキサスのまり」ですね。
その後、彼女が同時通訳者として活躍している様子は、いろいろな人から聞いて知っていましたが、誰もがその通訳ぶりに感心・感激していました。ときどき、テレビでも拝見したことがあります。もう「テキサスのまり」というよりは、日本の同時通訳をしょってたつ「にっぽんのまり」ですね。
ということで、講演をたいへん楽しみに「新春の集い」に出かけた次第です。以下、感想を交えながら、まりさんの講演を紹介しましょう。

まず会場が大きく揺れたのは、今年の高校英語の教科書に彼女が取り上げられる、というご自身の発言です。タイトルは“Super Interpreter”。ぜひ全国の高校でこの教科書を採用し、多くの若者が通訳を目指してもらいたいと願いますが、この記事についてまりさんは「落ち」をつけていました。
年齢を公にするつもりはなかったのに、70歳を超えている、と本文で紹介されたことが残念、ということです。

彼女がAFSを受験したいと思った動機は、「ただ、ただアメリカにあこがれて」という私達8期生に共通するものです。
戦後十数年たっていても、当時の日米の生活格差はたいへんなものでした。私も、アメリカのホームドラマを観るたびにあこがれは募るばかりでした。合格していよいよテキサスのダラスに行く段になって、まりさんは周囲から仙台弁でこう忠告されたそうです、「ダラスに行ってダラスィなくならないように」。
もう一つの「落ち」ですね。講演にはこのような笑いの「落ち」がいくつも落とし穴のように潜んでいました。

さて本題の「伝える極意」(集英社の著書タイトル)ですが、即座に、きっぱりと「極意はありません」と否定。
そうはいっても、今まで数多くのスピーチを聴き、また通訳してきたはずなので、極意について必ず何かしらつかんでいる筈です。この講演では時間の制約もあるなかで、「上手に自分の思いや考えを他人に伝える」ための基本中の基本のメソッドを話してくれました。

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考慮すべきは次の3点とのことです。

  1.  コンテンツ:つまり、伝えたい内容
  2.  スキル:つまり、伝える技術
  3.  パッション:つまり、伝えたい熱い気持ち

以下、順次取り上げると、

1 コンテンツ:

「中身がなくては伝わらないです」と、当たり前のことのようで最も重要な点を指摘。

講演中、ディベイトは関根さんに聞いて下さい、と私の名前に触れましたので、この点について若干補足的な説明をさせてください。
アメリカの高校でスピーチの授業を1年間とり、その後半はディベイトでしたが、そこで感じたことは、実際のスピーチというパフォーマンスの前に、話す内容、コンテンツをきちんと準備し、相手がその通り、と納得する形に構成しておかなければならない、という一点です。ランチボックスみたいなカードボックスを自慢げにぶらさげて、私たちは図書館に行き、統計資料や専門家、そして大統領の昼食会での発言などを一つ一つカードに記録して、自分の主張の肉付けをしていきました。
スピーチやディベイトのパフォーマンスは、氷山の一角に過ぎないのですね。氷山の大部分は、調査や論理をもとにコンテンツを作成することに費やされるのです。ここでいう論理とは、例えば大前提、小前提があって、そのうえで結論としていま主張している、といった構成にするのです。具体例として、

大前提:わが国家の安全を脅かす国の国民は入国を拒絶すべきである。

小前提:A~Gの7か国はわが国家の安全を脅かす国である。

結論:故に、A~Gの7か国の国民の入国は拒絶すべきである。

この論法の結論は2つの前提の両方ともが妥当でないと妥当にはなりません。
大前提を一応認めるとしても、小前提のA~Gの国が自国を脅かす証拠がまったくないならば、結論は妥当とは言えません。小前提の真を証明するために調査や信頼に足る推測を行わねばなりません。根拠にあたる前提部分抜きに、ただ結論を声高に主張しても、コンテンツに値しないのです。
まりさんに代わって、この点は強く指摘しておきたいと思います。AFSのお陰で、そういうことを高校のスピーチの授業で学んだのです。

2 スキル:

声の出し方やジェスチャーなど、伝え方のスキル。

具体例として、まりさんがオリンピック誘致活動の通訳を担当したときの経験談を披露。スキルの専門家であるコンサルタントが、オリンピック誘致のスピーチについて、シナリオ、演出、演技指導を行っていたとのこと。

まりさん自身も、I都知事がどうしても[∫i:]と発音すべきなのに[si:]と発音する傾向があるので、「品川のシー」と繰り返し練習してもらい、またheartをhurtと発音するので、「葉っぱのハ、歯のハ」とカタカナで指示したそうです。
私達もテレビでI都知事の招致スピーチを観ましたが、普段、不愛想気味の印象がある彼が満面笑顔で、大げさとも見えるジェスチャー、英語も一言一言明瞭で、驚かされたものですが、まりさん達の指導の賜物だったのか、と納得した次第です。

このスキルに関して、更に2点非常に重要なことを指摘していました。

一つは、「言い出したら必ず落とし前をつけること!」。これは日本人が弱いところ。
言い始めたのはいいけれど、その先に行けない人が多い。これでは、主語の次に「落とし前」にあたる動詞が来る英文に同時通訳するのは至難の業。結局、何が言いたいのか、結論としてイエスなのかノーなのか。これが明瞭でない日本人が多い。
「話に落とし前をつける」訓練を自覚的にすべきです。

二つ目は、ICUの通訳の授業で教わった「通訳とはtotal performance」という考え。
通訳には、通訳者の生き方や趣味などが自ずと出て来ます。従って、通訳者も自分を磨き、自分自身のスキルを持つべき、との指摘です。

3 パッション:

「自分があなたに伝えたい、という熱い思い(パッション)が相手とのコミュニケーションに働きます」

パッションというと、日本人はすぐ、「叫ぶ」・絶叫するという印象をもつが、そうではない、とのこと。心に秘めたパッションもある。

私から若干付け加えると、コンテンツをがちがちに合理的に構成して、根拠に当たる法令や必要なデータをたんたんと述べても、コンテンツの核に当たるものをどうしても相手に伝え、理解してもらい、共感してもらい、賛同を得たいとのパッションがなければ、どんなに良いコンテンツも伝わらない、ということです。
逆に、燃えるような愛国心、企業愛、愛校心などがあっても、説得できる知的コンテンツがなければ、吠えているだけになります。
どちらのケースも極端ですが、知的コンテンツと心情的パッションが補完し合うスキルが一番必要なのかもしれません。


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まりさんの話には全編、笑いのオチの味付けがたっぷりあるので、何分間に一回は、皆さんどっと笑い興じていましたが、スペースの関係でそのすべての再現は無理なので、どうしても紹介しなければならないテーマのみに限って講演の後半部分を要約したいと思います。そのテーマとは、

「どういう人が英語通訳に向いているか」

次の4つの条件が挙げられました。

  1.  英語ができなくてはいけない
  2.  物おじしないこと
  3.  (失敗を)引きずらない性格
  4.  人間に関心をもたなくてはならない

1.については当然と言えば当然ですが、対象領域の専門用語などもあり、年200回以上の通訳をされているまりさんの努力の積み重ねは想像を絶するものがあります。また通訳ですから、英語に対応する日本語でも専門用語を知らなければならない。しかし、専門用語を知るだけでは不十分で、用語はもちろんのこと、その領域自体についてもある程度の知識をもたなくてはならない。

私も若いころ、製造業関連の通訳をしたことがありましたが、その分野の製造メカニズムについて日本語でも十分には理解していなかったので、実に珍妙な通訳となり、大迷惑を与えました。

まりさんが1.について特に指摘した必要条件は、通訳は少なくとも日本及び日本語について秀でていなければならない、という点です。ただし、「日米に共通するのは、コメです」といった類の駄洒落は出来るだけ控えて下さい、との一言にはどっと笑いが起きました。

2.物おじしないとは、必ずしも「はったり」という意味だけでなく、適度な自己顕示欲が必要ということ。しかし通訳はあくまで黒衣(くろご)であるとの自覚は持ち続けなければなりません。物おじしない態度の例として、大観衆を前にひるまず、「声は大きく、明確に」発話すること。
AFS友の会の野村会長の話では、記者として何度もまりさんの通訳の様子をみたことがあるが、威風堂々としていて、どちらがメインのスピーカーか分らない位、と絶賛のコメントをしていました。

3.(失敗を)引きずらない性格を挙げたのは、「通訳は絶対失敗するから」。まりさんのような超ベテランでも失敗するのですか、という雰囲気が漂いましたが、時に失敗することもあるようです。
しかし、くよくよ悩むのではなく「二晩、三晩寝て三日目に起きると、明るく元気になる」とのこと。通訳に限らず、どの分野においてもこのようであったらと、誰もが羨ましくなった瞬間でした。
更に、「おせっかいな人」「サービス精神に溢れている人」も通訳に向いている。つまり、仕事だからやる、というだけでなく、「この人が言いたいことをぜひ相手に伝えたい」との溢れる思いが良い通訳につながるわけです。

4.人間に対して関心を持つとは、おもしろい人だなー、おもしろい表現だ、といった好奇心がふつふつ湧く人ということでしょう。例として、時の人トランプが時々口にするbiglyという表現。これは辞書にない単語。しかしインタビューの中で、big-league(トップレベル)という意味で使っていたことが判明。

また、トランプが最高裁判事に任命したゴーサッチが、トランプによる司法批判を聞いて同僚に吐露したがっくり・がっかりの心境を表すdemoralizing、disheartening。こういう言葉や人物に出合う度に「(心の)アンテナにビビット反応する人」が通訳に向いているわけです。


以上が、約1時間の講演の概要ですが、残りの30分は活発な質疑応答の展開。あちこちに笑いの「落ち」が炸裂。割愛するのは誠に残念ですが、最後に、「一番好きな英語・日本語は?」との質問に対するまりさんの答えを紹介します。

“The sky is the limit.”=「好きなことに制限はない」

これからもまりさんが、好きな道で無制限に活躍されんことを祈念致します。


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