2017年8月26日「AFS友の会―ネットワーキング8月の集い」では第一線でご活躍のフォトジャーナリスト大石芳野氏の「レンズを通して考えること」と題する講演があった。
2015年5月に自分も「写真ライフに乾杯」と題して、この集いで話をさせて頂いたこともあり、大石氏の講演の感想文を書くことを打診された。

私の大石氏との最初の出会いは、ちょうど20年前に地元の「浜松フォトフェスティバル」で講演を聞き、お話しをする機会に恵まれたことに始まる。
その時に語られた「社会に近い距離で接する手段として写真がある」という言葉に感銘を受け、その年に出版されたフォトエッセイ「小さな草に」の表紙の少女の笑顔が心に残り、自分の写真ライフにも大きな影響を与えてくれた。
今回、大石氏の講演の報告をさせていただく機会を与えられ、喜んでお引き受けすることにした。

大石芳野氏経歴

藤原書店 大石芳野写真集「戦争は終わっても終わらない」より

講演会内容

「何故、フォトジャーナリストの活動を始めたか」を端的にまとめた10分間のDVDを見せて頂く予定だったがパソコンとの相性が悪くて拝見することが出来なかったのは残念だったが、その後のお話しの中でしっかりと大石氏の活動の真意を伝えていただけた。
今回の講演では国を特定することなく半世紀の間に取材されてきた国々のスライドを上映しながら話を進められた。その講演は「子ども戦世のなかで」(Children in the Times of War)と題するものだった。

沖縄から始まり、ベトナム、ラオス、カンボジア、コソボ、マケドニア、キエフ、ウクライナ、アフガニスタン、南スーダン、ロシアなどの子供たちとの出会いを話された。その内からいくつかの国について報告しよう。

大石氏は1972年、沖縄復帰の年に初めて沖縄を訪れ、それ以来ほとんど毎年行くようになり第二の故郷と感じるようになった。今回の表題の「戦世」は「いくさよ」と読み、沖縄の言葉だそうだ。
現在の沖縄は普天間基地、高江のヘリポート、辺野古のサンゴ礁とジュゴンの消滅、宮古諸島、八重山諸島に自衛隊の基地ができつつあるなどの問題を抱え、もし近隣諸国との争いが始まったら自分たちが危険にさらされるのではないかという強い危機感があると話された。

フランスの植民地だったベトナムはホーチミンを中心とした独立運動から内戦になり、その後アメリカが参戦したインドシナ戦争(ベトナム戦争)は大石氏が子供の頃から続いていた。
日本は憲法9条に守られて戦争にかかわることなく高度成長を遂げたが一方のベトナムでは悲惨な戦争が続いていることがずっと気にかかっておられたという。
猛毒のダイオキシン(枯葉剤)が深い森の中に潜むベトコンを殺す為に撒かれ森の木を枯らし女や子供も巻き添えにした。
1975年にベトナム戦争は終わったが戦後十年たって撮影した森だった場所に一本だけ残った大木は戦争の惨状を伝えている。

枯葉剤の影響で結合双生児として生まれたベトちゃん、ドクちゃんの事は日本でも報道され良く知られているが大石氏は二人を一歳半の頃から撮影している。

ベトちゃんは残念ながら脳炎を起こしたが、ドクちゃんは無事に成長して病院事務を手伝うまでになり結婚して双子の子供に恵まれ、その子供たちは「サクラ」と「フジ」と名づけられたという明るい話もあった。

ラオスでもアメリカと戦った戦争で、今も多数の不発弾が残っていて子供たちが亡くなったり怪我をしている。

カンボジアでは1975-1979のポルポト時代に大虐殺があった。同政権が崩壊した以降としては初めて1980年にカンボジアに行き残酷極まりない事態を目にしながら撮影した。
追われた土地に戻ってきた村人たちが掘り出した多くの遺骨は衝撃的であった。

新人民(虐殺された人たち)と旧人民(ポルポト派)の間の争いは長らく深刻さが続いていた。

コソボにはアルバニア人が7~8割住んでいるがセルビア軍に攻められ多くの人が亡くなった。大石氏が学校を訪問して「家族を亡くした人は手を挙げて」と声をかけると多くの子供たちが手を挙げたが、その中の一人のアルバニア人の男の子は目の前で父を殺され家は壊されたと涙を流したという。

戦争が終わって5年たって訪ねた時に感じたのは父親のいる子と亡くなって働き手を失った子との貧富の差が大きいことだったいう。

アフガニスタンはイスラム教の国だが、旧ソ連軍の侵攻が1979年から10年間続いた。
徴兵されたソ連軍の帰還兵士の多くは、ベトナムに送られたアメリカ兵士のベトナムシンドロームと同様にアフガンシンドロームに苦しんだという。

「戦争が終わっても、終わらない」は、半世紀の間、様々な紛争地の無名な戦争体験者にレンズを通して取材を続けてきて教えられたことだ。
戦争が終わってからもその傷はなかなか癒えるものではない。戦争や争いは大人が起こすものだから大人の責任を強く感じている。
次の世代が苦しむような時代にはさせたくないので、何をすればいいかを考えなくてはならないと話された。

希望

それでも逞しく明るく生きようとする子供たちの笑顔に希望がある。
子供たちは暗い中でも、ほんの小さな明かりがあれば、そっちへ向かって走るエネルギーを持っていると語られた。

日本は戦後平和に過ごしてきたので、そのまま続くと考えている人が多いが、昨今の情勢を見ると黒い影が忍び寄ってきていると感じるとも述べられた。
長年、世界中の紛争地に赴き、その中で苦しむ人々から「人間にとって一番怖いのは戦争だ」と訴えられる時、フォトジャーナリストとしての自分の役目はそれを日本の人たちに伝える事だと信じて努力してきたと話された。
大石氏が「日本も戦争に巻き込まれる可能性があり、戦争が一番怖い」と話される時、その言葉には重みがある。天災は免れない点もあるが、戦争は本気になれば止められることであり、日本は平和を輸出できる国にしたいと締めくくられた。

戦争ができる国になりつつある現状に、最近は少し気分が萎えていると本音で語られる大石氏の誠実さと苦悩を垣間見たが、大きな影響力を持つ大石氏には、これからも平和を訴える活動を続けてほしいと願っている。
そして各自が傍観者になることなく、平和な世の中にするにはどうすれば良いかを真剣に考えなくてはならないと思った。

一時間半の講演会のあと、大石芳野写真集「戦争は終わっても終わらない」のサイン会と、サンドイッチやドリンク付きの懇親会があり、参加者は身近に大石氏に接することができ有意義な時間を持てたのも良かった。
現在の社会が直面している深刻な問題に対して直球でご意見を投げかけて下さり、いろいろ考えさせられました。素晴らしいご講演を有難うございました。

AFS12期 市川恵美


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