私の名前はベーケフィ・チョンゴル・ベルナートです。ハンガリー人です。2024年8月から2025年2月までの日本での交換留学の一年が、私にとってどれほど大切なものだったかをお伝えしたいと思います。
今振り返ると、あの一年が自分自身のあり方だけでなく、これからの人生で何をしたいかということまで大きく形作ってくれたのだとわかります。
到着と金田家族

私は名古屋在住のホストファミリーにお世話になりました。ホストペアレンツが、三人のホストきょうだいと共に私を迎えてくれました。最初の数日から、ホストファミリーというよりも、第二の家族ができたように感じました。
長い一日を終えた毎晩、ホストペアレンツと一緒に座って、本当にあらゆることを話しました。新しい国での経験、ハンガリーの文化、学校や弓道の練習であったこと。夕食後はよく一緒にゲームをして、中でも将棋が一番多かったです。どんな旅行やイベントよりも、あの静かな夜のひとときこそが、私が一番懐かしく思い出すものです。あの時間が、一番「家にいる」と感じられた瞬間でした。

学校と弓道

私は家から少し距離のある愛知県立中村高等学校に通っていました。入学して最初の週に弓道部に入部し、今もハンガリーに戻った今でも、時間があれば練習を続けています。弓道は私の生活の中心となりました。放課後は毎日部活、土曜日もありました。その後は学校の友人たちと過ごしてから、ホストペアレンツとの夜の会話のために家に帰っていました。
日曜日は名古屋を探索する日でした。留学が終わる頃には、この地域のほとんどの博物館を訪れていたと思います。

言葉はゆっくりと、そしてある時から一気に身についていきました。一年の終わりには、ほとんどの授業についていけるようになっていました。交換留学を通じて世界中の友人もでき、その多くとは今も毎月のように連絡を取り合っています。
日本を選んだことについて、後悔している部分は一つもありません。辛い日々もありましたが、それも含めてです。今振り返れば、それらは苦しんだ挫折ではなく、乗り越えた試練だったと思っています。
その後

私のAFSでの歩みは、交換留学そのものだけで始まり、終わったわけではありません。選考後のオリエンテーションキャンプの後、私はボランティア活動を始め、日本に発つ前からすでにAFSハンガリーを手伝っていました。これまでほぼすべての役割を経験してきました。トレーナー、イベント運営者、そして今、私が一番大切に思っているのは、ブダペスト支部のリーダーシップの一員としての役割です。
私のドアはいつでも開いています。学生、ボランティア、ホストファミリー、誰に対しても、大小問わずどんな問題にも対応できるようにしています。それに加えて、他の人たちが自分自身の旅路の準備をする手助けにも実践的に携わっており、ハンガリーに来る学生たちや、これから自分の交換留学に旅立つ学生たちのためのオリエンテーションキャンプの進行や運営を手伝っています。
AFSを通じて、ブダペストとAFSハンガリーを代表していくつかの国際的な集まりに参加する機会もありました。スペインのマラガで開催された第一回国際チャプターリーダーサミットに出席し、トルコでの一週間のトレーニングプログラムに参加し、チェコでの週末トレーニングにも参加しました。
二つの国を結ぶ架け橋

私の交換留学は、ボランティア活動を超えた目的も私に与えてくれました。日本での一年間で、これこそ自分が人生をかけて取り組みたい仕事なのだと気づき、今は国際関係学を専攻しています。将来はNGOで働くか、いつかハンガリーの外交官として働くことを目指しています。
同じ交換留学の経験から、特にハンガリーと日本を結ぶ架け橋になりたいという思いが芽生えました。ブダペストの日本大使館と協力する取り組みに参加し、そのイベントへの貢献がきっかけで、大使閣下から大使館でのレセプションへの招待を受けました。
結びに

AFSでの歩みについてはまだまだたくさん書けることがありますが、結局はすべて同じところに行き着きます。この組織への愛情、そしてより持続可能で、公正で、平和な世界を築くという使命への信念です。
ベーケフィ・チョンゴル・ベルナート
ハンガリー、ブダペスト